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大阪高等裁判所 昭和50年(う)661号 判決

被告人 関口勇

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中証人田中茂に昭和四九年七月一日に支給した分の全部及びその余の証人に支給した分の二分の一、並びに当審における訴訟費用の全部を被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人石原秀男及び検察官吉川芳郎作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意について

論旨は、(一)(被告人の担当職務について)原判決が、被告人は九ホール増設のための第二期工事の施工、監督等一切の業務に直接責任者として従事した、と認定したのは事実の誤認であり、被告人は六甲開発株式会社(以下六甲開発という。)の単なる工事事務担当役員にすぎないのであり、第二期工事全般を統轄したのは同社の菅谷社長であるし、工事監督を実際に行つたのは開発砂防研究所(以下開発砂防という。)であり、施工をしたのは特殊企業園及び河本勇を長とする六甲開発の作業員である。(二)(本件大崩壊の原因)原判決が本件大崩壊の原因を第六ホール造成のための不適切な切土、その際に作られた不適当な排水設備にあると認定したのは事実の誤認であり、本件大崩壊の原因は、第一に、当日の異常な降雨にあり、第二に、第一期工事で行われた第三タンク附近の造成工事や下方斜面排水設備工事そして自動車道工事にある。(三)(第六ホール造成についての注意義務)第六ホール附近の地形、土質、同ホール造成に必要な設計並に施工上の注意義務は原判示のとおりであるが、原判決が、被告人は第六ホールのホール部分の設計のみを開発砂防に委託したにとどまり、上下斜面の排水設備や斜面保護施設の設計を専門家に委託することを怠り、又、工事施工に当つては開発砂防の設計図と別異の工事をなし、神戸市当局に設計図や排水路の図面を提出せず、自己の判断による不十分な排水路を設置するにとどめ、斜面下方に十分な保護施設を設けなかつた、とその過失を認定したのは事実の誤認であり、開発砂防に対する設計依頼には排水設備も含まれていたし、被告人が設計図と異る工事を指示したこともなく、又、神戸市当局に第六ホールの設計図等を提出しなかつたのは坂東総務部長の責任である。以上(一)ないし(三)の理由によつて被告人は無罪である、という。

そこで、記録及び原審で取調べた証拠を精査し、当審の事実調べの結果を併わせ検討する。

(一)  被告人の担当職務について

原判決挙示の関係証拠によれば、第六、第一四ホールを含む神戸カントリークラブの九ホール増設工事即ち第二期工事(以下本件工事という。)は六甲開発の直営工事として行われたこと、右工事に関し開発砂防は六甲開発から「九ホール増設に伴うグリーンベツトの測量、計画調査、実施設計」「同増設工事に関する施工材料及び施工法全般にわたる技術指導」を受託しただけで(しかも、工事現場責任者は施工者側において置くこと、右指導は開発砂防の研究員が原則として週二回工事現場又は研究所において実施することなどが受託条件とされていた。)、工事全般の監督などを受託したことはなく、現にホール設計のほかは方格枠の技術指導などを行つただけで、現場に臨んで工事施工を全般にわたり監督するがごときはしていないこと、特殊企業園は土木造園業者であるが、開発砂防作成の設計図などに基づく被告人の指示によつて第六、第一四ホールの造成、表面排水溝設置などの工事を行つたものにすぎないこと、六甲開発の管理課員河本勇は一番古い課員ということで他の管理課員達を監督する立場にあつたとはいえ、所詮上司である被告人の指示監督を受けて行動する現場作業員にすぎず、工事全般を掌握し自らの判断で工事を遂行すべき立場にはなかつたこと、被告人は六甲開発の最高責任者である菅谷社長の指示命令により右直営工事の担当取締役(常務)となり、右社長とともに同工事全般を掌握、推進すべき立場に立つたものであり、右責任者として工事の立案に参画するは勿論、計画遂行、更には工事現場における指揮監督などの業務に携わり、右直営工事を完成させたものであることが認められる。そうすると、原判決が、被告人は九ホール増設工事の立案、計画遂行、施工、監督等一切の業務に直接責任者として従事したと認定したのは、正当として是認され、その過程に所論の違法はない。原審及び当審で取調べた全証拠によつても右判断を左右するに足りない。(一)の所論は採用できない。

(二)  本件大崩壊の原因

原判決挙示の関係証拠によると以下のとおり認定判断され、原審及び当審で取調べた全証拠関係によつても右判断は左右されない。

((イ)昭和四〇年七月九日当日の本件大崩壊に至る経過)

梅雨前線の影響により、当日朝から終日合計約三三〇ミリメートルに達する降雨があつたが、なかんずく午後四時から六時の間に一三五ミリメートルの集中降雨があつたため、その頃から第六、第一四ホール造成のため切土した世継山北西側斜面のうち第一四ホール上方の第三貯水タンク下がまず崩壊し、その土石が同ホール上に推積し、更に右タンクの右横斜面(第六ホール上方)の切土部分もパイピング現象を起して崩れ、崩落した土石は第六、第一四ホール上に堆積し、そのため附近の地形(特にホールの勾配)に変化をきたし、ホール上を流れる雨水は各ホール下方斜面に直接流下するようになつた。又、その頃第六ホールフエアウエイ上方切土部(本件工事でなされたもの)も小崩壊を起し、同ホール上方斜面排水溝は遮断された。更に同ホールフエアウエイの三ヶ所の排水用集水桝も土砂で埋没閉塞され、かくて、これら排水設備は全く用をなさなくなり第六ホール及びその上方斜面に降る雨は排水路により排水されることなく、そのまま同ホール下方世継山北西側斜面へことごとく集中流下し、同斜面への表流水、浸透水を増大せしめた。そして、同斜面表層(土中)への浸透水の増大貯溜は同斜面途中の排水溝などによる切土面でのパイピング現象を誘発し、そのため更にその上手表層の崩壊を誘い、又、斜面表流水の激増は土壌浸食を惹起し、同斜面排水路も寸断され用をなさなくなるとともに、同斜面の至る処で、小崩壊の続発を見るに至つた。かくて新しく地表に裸出し、浸透容易となつた土層内部へは雨水の浸透が一層加速されるに至つた。そこへ更に午後八時から同九時の間に七七ミリメートルの集中豪雨があつたため、同斜面に貯溜され一段と水圧を増した浸透水が、同九時一五分頃、標高三〇〇乃至三二〇メートル附近斜面で浸出して(浸出線を形成し)そこからパイピング現象を起していつきよに噴出し、それとともに噴出部から上方第六ホール盛土部下に至るまでの地山表層など合計約五一七五立方メートルの土石の大崩壊(本件大崩壊)を惹起し、その結果原判示のように多数の死傷者を出すに至つた。

((ロ)本件大崩壊の原因)

右(イ)の経緯をその他諸般の事情に照らして検討すると、本件大崩壊の原因は、第一に、当日の多量の降雨、第二に、第六ホール造成の際の第三貯水タンク附近の切土や同ホール上方斜面の切土部分がその切取面に浸透水の噴出を防止するのに必要な崩壊防止手段を備えていなかつたこと、第三に、第六ホール下方斜面の排水路が多量の降雨の迅速な排水に全く役立たない小規模の蛇行排水溝であるうえ、同排水路造成のため同斜面を切断した表層切取面に浸透水の噴出を防止するのに必要な崩壊防止手段が講じられていなかつたこと等にあるというべく、しかも第一原因(集中豪雨)による斜面への影響が右第二、第三の原因と相乗的に作用して本件斜面崩壊に至つたといえるのであつて、まず第一原因、ついで第二原因(それによる第六ホール上方斜面各部の崩壊や排水路の埋没、地形の変化等)によつて大量降雨が激流となつて斜面を集中落下するにまかせるに至つたことは見のがしえない要因であり、それとともにこれを迅速に排水するに足りる十分な排水設備を備えていなかつたことが何といつても大きく作用していたものといえるのである。ことに第六ホール下方斜面の蛇行排水路は豪雨時の大量排水に全く役立たないばかりでなく、むしろ逆に斜面表層を切土しながら切取面保護の十分な設備をしなかつたことにより、それ自体、斜面(地山)の降雨に対する抵抗力を著しく脆弱ならしめたものであつて、同斜面に対するこのような工事の不備と不手際は本件斜面の大崩壊につながる大きな一要因を形成したものといえる。

そして右第二、第三の原因となつた前記のような不適切な工事は、被告人が責任者となつて施工した本件工事で行われたものである。

そうすると、原判決が、本件大崩壊の原因を、本件工事中の第六ホール造成のための不適切な切土、不適当な排水設備などにあると認定したのは、相当として是認できる。

なお、弁護人は、第三貯水タンク内の数百トンの貯水が雨水と合して流出したことが本件大崩壊の原因であるというが、横川正義や新阜義弘の司法警察職員、検察官に対する各供述調書(原判決挙示外)によると、同タンク貯水量は八〇トンにすぎず、当日午前一一時頃以降同タンクへ送水されていないこと、同日午後五時過頃には同タンクよりの送水管が第三ホールテイ附近で切断されて放水状態にあつたことなどが認められるから、これを本件大崩壊の原因とはなし難いばかりでなく、適切な工事を行つておれば後記のとおりさようなことにかかわらず本件大崩壊が生じなかつたことも明らかである。又、弁護人指摘の自動車道なるものは、昭和初期に着工されたが中途で放置されたもので、既に長年月を経て地層も安定していたものであるから、これが本件大崩壊の原因であるとは考えられない。

以上(二)の所論も採用できない。

(三)  被告人の注意義務違反

第六ホール造成に当り、その設計並びに施工上原判示のような注意義務のあることは、所論も敢えて争わず、証拠上も大綱において認定されるところである。即ち、前記第一の当日の多量の降雨が、過去の降雨量と比較し予想し得ないものではないことは、原判示のとおりであり(原判示の例のほか、一〇分間降雨量では昭和三三年九月一一日の降雨が、一時間降雨量では同一四年八月一日の降雨が、継続降雨量では同一三年七月三日から五日、同三六年六月二四日から二九日の降雨が、それぞれ本件降雨量を上廻つている。)、又、前記第二、第三の崩壊原因に関しても、前者についてはその切取面保護のための、後者については第六ホール下方斜面保護(排水施設自体及びその設置のため切土した切取面の保護施設を含む。)のための、設計並びに施工上の工夫により、それぞれ有効な防護対策(例えば矢羽根式排水路の設置等)が十分あり得たのであり、これらの完備さえあれば、これにより表流水の集中流下や浸透水の貯溜水圧によるパイピング現象をも有効に回避することができたのであり、ひいては、たとえ本件当時の降雨量があつても本件のごとき大崩壊を防止し得た筈である。

そうすると、既に述べたように、被告人は、工事担当取締役として、六甲開発が直営工事として施工する本件工事に立案から工事施工完了に至るまで関与し、社長と共に工事全般を掌握し監督遂行すべき責任ある立場にあつたのであるから、本件工事を進めるに際し、まず、現場附近の地形、地質、気象等の諸条件を考慮し、災害防止のため、予想し得る降雨量に備えて、専門的立場からの周倒な設計を得るは勿論立案、設計の段階から工事施工完了に至るまでの間に第六ホール上下斜面等必要個所に前記のような所要の防災防護措置を講ずべき業務上の注意義務があつたものといわなければならない。

そもそも本件地形のごとく世継山北西側斜面の下部には市ヶ原部落があり、地勢、地質上その崩壊により住民の生命、身体に危害を及ぼす危険の大きいことが予見される以上、このような場所での工事を治山、治水、土木などの専門家を擁しない六甲開発が直営工事として、しかもかような専門家でもない被告人を責任者として行うこと自体無謀に近いのに、被告人は菅谷社長の指示で工事責任者となつて本件工事を監督施工したばかりでなく、当初設計では人工を加えないこととしていた急峻で最も崩壊の危険の大きい世継山北西側斜面にゴルフプレイ優先の立場から、敢えて第六、第一四ホールを造成することを右社長と相談決定したのであるから、斜面崩壊の危険性を十分念頭に置き、これによる災害防止のため、右社長ともども、まず、その面から専門家の意見を徴して立案をし設計(十分な防災施設を備えた設計)を依頼するのがその職責上当然であつて、例えば本件地形、地質に即し予想し得る表流水の流量や地山表層の浸透能力等をあらかじめ計算し、表流水や浸透水に十分対処できる排水施設の考案工夫等設計、施工を通じ、たえず防災面より積極的に専門家の指導と助言を仰ぎ、原判示の上下斜面の排水設備や斜面保護施設などに万全を期すべきであつたのである。しかるに、被告人は事ここにいでず、右防災対策に終始慎重な配慮を欠き、かかる防災対策を具体化することなく放置し、第六、第一四ホールとホール自体の排水のみの設計を開発砂防に委託しその設計を得たのみで、最も配慮を要する第六ホール上下の斜面については単に自己の判断による極めて不十分かつ不適当な蛇行ないし斜行排水溝を築造したに止まり、専門家の設計による本格的排水施設、斜面保護施設を施工せず、又、切土面処理についても、その点の設計のない開発砂防の不十分な設計図を深く検討することもなく右設計図に基づき世継山斜面を切土、盛土して第六、第一四ホールを造成したのみであつて、これまた専門家の設計による有効適切な本格的切取面保護施設を施工しなかつたものである。そうだとすると、被告人は右事故の発生を予見し、これを防止すべく前述のような注意義務を負つていたのに、これを怠つた過失のあつたことは明かであるといわなければならない。

尚、被告人としては開発砂防の不十分な設計図に遵つたため、適切な切取面処理等設計図にないことを敢えてしなかつたものとしても、それは、被告人の責任を免れる理由にはならない。けだし本件のごとく設計と施工が別人によつてなされる場合には、その全体を統轄管理し、あらゆる角度から支障なきよう工事を適切な方向に推進監督し最終的に完成させるのは、本件工事を直営で施工した六甲開発の工事担当者である被告人(社長と共に)の責任に外ならないから、開発砂防の設計図の範囲の工事をすればそれで足りるものではない。被告人としては、更に進んで右程度の設計による工事で果して防災上遺漏なきか否かを入念に検討すべきであつて、その点にいささかでも自己の知識経験の不足や懸念があれば更に専門家の指導と助言を求めてこれを補つて防災の立場から万全を期すべきである。このことはその職責上当然の事理というべきである。したがつて、担当責任者として、このように、みずから納得のゆくまで、専門家の意見を徴する努力を怠らなければたとえ、設計図が不十分であつても、防災上適切な措置を取り得た筈であり、又これを為すべきであつたのである。

弁護人は、第六、第一四ホールの設計には排水路の設計も含まれているというが、右両ホールの設計図にはグリーン面の排水設備の記載があるのみで、本件で問題とされている斜面排水路の記載は全くなく、六甲開発が開発砂防にその設計を委託した事実もないのである。

弁護人は、又、被告人が設計図と異る工事を指示したことはないというが、被告人が第六ホールグリーン面の傾斜方向、排水方向と同ホールフエアウエイ設置の点において開発砂防の設計図と異る工事を指示施工したことは証拠上明らかである。もつともこれらの点は直接、本件大崩壊の原因とまでは認められないから、原判決がこれを被告人の過失の一要因と認定したのは誤認というべきであるが、この誤認は原判決が認定した過失全体における比重から判断し、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認とはなし難い。

弁護人は、更に、神戸市へ第六ホールの設計図を提出しなかつたことは被告人の責任ではないというが、被告人が神戸市へ設計図等を提出すべき責任を負うのは工事担当責任者として当然である。もつともこの責任は、専門家の指導と助言を仰ぐことの一環であり、防災措置をとらなかつたことの縁由にすぎず、それ自体として独立の過失をなすものではない。原判決もその趣旨でこれを記載したものと認められるから、たとえこの点に誤認があつても判決に影響を及ぼすものではない。

(三)の所論も結局採用できない。

以上の次第であるから、原判決の認定には判決に影響を及ぼすこと明らかな誤認はないに帰し、論旨は結局理由がない。

検察官の控訴趣意について

論旨は、原判決が「被告人を懲役一年六月に処する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。」と懲役刑の言渡しをしたのは法令の適用を誤つたものであると主張する。

そこで検討するに、昭和四二年七月九日に発生した本件に対しては、刑法六条によつて、同四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段、同四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号が適用されるが、これによると法定刑は「三年以下の禁錮刑又は五万以下の罰金」と規定され、懲役刑の規定はない。そうすると、本件につき右各規定を適用しながら「所定刑中懲役刑を選択し」て被告人を懲役一年六月に処した原判決は、法令の適用を誤つて法定されていない刑を言渡したものであり、該誤りは判決に影響を及ぼすことの明らかなものといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条を適用して原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決する。

原判示事実(但し、原判決六枚目表一一行目の「さらに、工事の施工にあたつては」から同裏八行目の「……異の施工をし、」とある部分までを(罪となるべき事実)から除く。)に法令を適用すると、判示各致死・致傷の点は、いずれも刑法六条によつて、犯罪後の法律により刑の変更があつたので刑を比照し軽き昭和四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段、同四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するが、右は一個の行為で二三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により犯情の重い業務上過失致死罪の刑(二一個の致死罪のうちいずれが最も重いかは判定し難い。)で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内で被告人を禁錮一年六月に処し、同法二五条一項一号によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審、当審の訴訟費用の負担については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村哲夫 野間禮二 笹本忠男)

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